水素爆発から1年

去年の3月12日午後、わたしはTVの画面に言葉を失いました。

政府から何の発表もないまま、1号機の建屋が骨組みになった映像が、突然流れたのです。

あの日から、今の苦悩が続いています。
「ホットスポット」と呼ばれ、汚染地域となった三郷で、こどもたちを守らなければなりません。

「様子見」を決め込み、なかなか積極的に動こうとしない行政と、不安が払しょくされない住民の、「二人三脚」状態が続いています。

きょうは、文教経済常任委員会で採決があります。

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この記事へのコメント

鯉太郎
2012年03月12日 08:59
昨日は震災から一年が立ち各地で追悼行事が開かれました。しかし東電の社長は出て来ません。どう言うつもりでしょうか?謝罪の一言を出て来て言って欲しかったです。黙祷すらやっていないんじゃないですか?相撲界だって関取全員出て来て黙祷していましたよ!

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